歴史力を磨く 第16回
NY歴史問題研究会会長 髙崎 康裕
■ 情報を読む力 ■
今日の日本のメディアによる森友学園や加計学園に関する連日の報道と、それに連動した形での内閣支持率低下の報を目にする時、「情報」の持つ力とその利用という命題に思い至る。
人間は、自らの利益のために「情報」を生み出し、利用しようとする。しかし今、その情報は巨大化し、生みの親である人間をも振り回しているようにも見える。また、それらの情報に何らかの意図や策謀が込められていた場合には、それを信じて為された判断が取り返しのつかない損害や事態を招くことにもなる。「情報戦争」という言葉に表されるとおり、時には情報の扱い一つに国家の命運が左右されることもある。日々もたらされる情報に接する際には、その情報の目的は何か、その中にある真実は何かなどを探る、「情報を読む力」が益々重要となってきているように思える。
情報というテーマを考える上で知っておくべきことは、重大情報こそトップから漏れるということである。それは、組織や国のトップの周辺には名士や政治家が集まることから、必然的に情報工作のターゲットとされてきたという背景がある。この最も有名な例は、あの「王冠を賭けた恋」であろう。1936年、時の英国王だったエドワード八世はアメリカ女性のシンプソン夫人との結婚を望んだが、夫人の二度の離婚歴を理由に、チャーチル以下の政治家が国王との結婚に頑強に反対をしたために、エドワード八世は王位を捨てて女性との愛を取った。この王の行為は、世紀のロマンスとして多くの人々の共感を呼んだ。そしてその後二人はウィンザー公爵夫妻としてパリで結婚生活を送ったが、英国は再び夫妻を迎え入れることはなかった。
この英国政府の頑固さには理由があった。シンプソン夫人は実はドイツのスパイであったのである。それは、2002年に日刊紙『ガーディアン』が報道し、英政府の内部資料やFBI文書でも確認されて公然の事実となった。ヒトラーの片腕であり、ナチスドイツの外相として活躍したリッペントロップの愛人であったシンプソン夫人は、当時皇太子であったエドワード八世に近づき恋仲となり、皇太子から情報を聞き出してドイツに流していたのである。英国政府はこの事実をつかんでいた。ジョージ五世が亡くなって皇太子が即位し、国家の安全保障が脅かされる事態に面した政府は、国家防衛のため「王位を捨てて恋に生きる」というフィクションを仕立て、王を追放したのである。しかし時の民衆はこの事実を知らずに、政府の頑なな対応を非難した。
ここに表れているのは、国際政治の冷徹な現実だけでなく、その陰に渦巻く真の意図を知らずに、一方的な情報や定説を信じ妄動することの怖さでもある