歴史力を磨く 第14回
NY歴史問題研究会会長 髙崎 康裕
■ 歴史戦に学ぶ ■
大航海時代から19世紀末に至るまで、ヨーロッパ列強によって続けられた植民地収奪の歴史の中でも、16世紀のスペインによる中南米侵略の歴史は、極端な悲惨さを以て伝えられてきた。彼らの植民地政策は「エンコミエンダ」と呼ばれたが、これはスペイン語で「信託する」という意味であった。即ち、彼らが進出をした新大陸の先住民を支配する上での権利と義務を、スペイン国王の名の下に特定の植民地経営者に信託することを指した。その権利とは先住民からの徴税権であり、義務は先住民をキリスト教に改宗させることだった。
この信託統治者としては、アステカ王国を滅ぼしたコルテスや、インカ帝国を破壊したピサロなどが有名である。彼らは、先住民を「奴隷化」し、鉱山の採掘や過酷な荷役に従事させた。先住民は、キリスト教に改宗しても重税や苦役から逃れることはできず、また改宗しなければ殺戮や凌辱の対象とされた。今日でも南米の多くの人達が十字架を首にかけているのは、自分は既にキリスト教に改宗していることを示して改宗への強制を逃れようとした、その名残とされる。
エンコミエンダの苛烈さは、1510年代から70年代にかけて、南米大陸の住民人口は約2500万人から300万人に激減したとの数字でも伝えられてきた。その統治収奪の実態が知られるようになったのは、従軍司教であったバルトロメ・デ・ラス・カサスの『インディアスの破壊についての簡潔な報告』(1552年)の発表による。その内容には、「インディオ同士を戦わせ、彼らに食べ物を与えずお互いを食べ合うようにさせた」など、極端な誇張や伝聞もあるとされるが、スペインと敵対していた当時のイギリスとオランダはこの「告発」を歓迎した。
両国は自分達もアメリカやインドネシアで同じように過酷な植民地統治を展開したにも拘らず、この告発内容を基にスペインを悪逆非道国家、虐殺国家、暗黒の帝国、狂信国家などと欧州全域に喧伝し利用したのである。その執拗なプロパガンダ攻勢の結果、スペイン人たちは自国の歴史に自信を失い、自己嫌悪に陥り、果ては自虐史観に囚われ、歴史戦の敗北者となっていった。スペイン帝国衰滅の理由は1588年の無敵艦隊の敗北にあるのではなく、根底にはスペイン人自らの「スペイン嫌悪(イスパノフォビア)」があったとされる所以がそこにある。
かつて「日の沈まぬ国」と称えられたスペイン帝国の衰亡の歴史は、敗戦後の東京裁判と占領時からの教育で植え付けられた自虐史観を払拭できずにいる、現在の日本人への警鐘でもある。
「自国の歴史を失った民族は滅びるに至る」とはトインビーの言だが、祖国日本と日本人が決してそうあってはならない。